タンザニア滞在中に一番お世話になり、今回我々が微力ながらお手伝いすることになったプロジェクトの代表者ジェームズの紹介をさせていただく。
ジェームズ
James ELYAMAN
1992年までの7年間、地元キリマンジャロで初等教育を修了。
1993年から中等教育のフォーム1に入学し、
1996年にフォーム4を修了。
職業訓練所で2年間大工と指物を学び、
1999年から2年間モシにある家具屋の工場に勤務。
2001年より現職、彼の地元の教会にある職業訓練所で大工などを教え始める。
現在は2クラスを担当しており、午前中のクラスには28人の若者達、そして午後には33人の若者達に教えている。
彼が職業訓練所で働く事になったきっかけは彼が工場で働いていたときに、自分の技術を、それを必要としている人たちに教えたいと思うようになったからだ。彼は、大工は比較的難しくない作業であるし、電気や、機会などを使わなくてもできるからだといっている。
ジェームズが働いている職業訓練所の卒業生(14歳~21歳)は就職、または自営業を始める。卒業の際、彼らにハンマー、のこぎり、かんな、彫刻刀、メジャーなど、事業を始めるにおいて必要な道具を給付する。本来、大工という職業は電力を必要としないものなので、資金の無い若者でも仕事を始める事ができる。
ジェームズがこの職業訓練所で働きつつ、新しいプロジェクトをしようと考えている。
今回この新しいプロジェクトを是非紹介したい。
そのプロジェクトは【ムイカ・ラフィキ(=友達)幼稚園 プロジェクト】だ。
ジェームズの地元ムイカで、貧しい子供達にプレスクール(初等教育の前)教育を受けさせる事を目的としたものだ。
タンザニアの教育の現状は悪化しつつあるとジェームズは考える。
タンザニアはアフリカの中で初等教育、中等教育機関への入学率がトップクラスなのだが、実際経済的な原因で修了する前に退学をしてしまう子供が多いのが現状だ。
タンザニアでは小学校に入学する前に幼稚園を卒園していないといけない。しかし、ムイカには子供達が通う事ができる幼稚園がないし、徒歩で通える隣村にもない。これはムイカの将来を考える上で、重要な課題なのだ。
過去に、ムイカで幼稚園があったが、親が学費を払えないので、教師にも給料を払う事ができず、結局閉園したそうだ。
ジェームズは閉園した幼稚園の敷地をもう一度利用して、新しい幼稚園を設立しようと考えた。そうすれば、ムイカの子供達のみならず、隣村の子供達もそこに通う事ができる。
ムイカに住む子供達は、極度の貧困が原因で学校に通えない子がほとんどだ。学校に行くための援助や資金が無ければ都市郊外へ移動し、搾取され、最終的にはストリートチルドレンとなってしまう。この幼稚園設立はそのような子供達を減らすためにあるとジェームズは言う。
小さな村では雇用機会、教育機会、そして農業に徹するための場所や資本が限られているため、持続可能かつある程度の収入を確保できる仕事が少ない。若者達は少ない知識や乏しい技術が原因で貧困から抜け出せずにいる。貧困が中等教育や、職業訓練所への進学の妨げになり、彼らの潜在能力を制限してしまっているとジェームズは考える。結局彼らの技術的な弱さ、そしてそこからくる自信の欠如も災いして、最終的に貧しいまま、失業したままになって彼ら自身のコミュニティーを出て、都市郊外へ移住し搾取の被害にあっているとジェームズは主張している。
これらを改善させるためにも、教育の基盤となるプレスクール教育や、職業訓練所の更なる発展が必要だ。そしてジェームズはそのための資金援助を求めている。
援助金の収集方法は直接的な募金以外にも、タンザニアの良さを知ってもらうことのできるサファリツアー、ザンジバル島、キリマンジャロ登山などなどのイベントや旅行を通して資金を集めようと考えている。
その他に彼の運営する職業訓練所や幼稚園でのボランティアも歓迎だそうだ。
写真右がジェームズ |
James ELYAMAN
1992年までの7年間、地元キリマンジャロで初等教育を修了。
1993年から中等教育のフォーム1に入学し、
1996年にフォーム4を修了。
職業訓練所で2年間大工と指物を学び、
1999年から2年間モシにある家具屋の工場に勤務。
2001年より現職、彼の地元の教会にある職業訓練所で大工などを教え始める。
現在は2クラスを担当しており、午前中のクラスには28人の若者達、そして午後には33人の若者達に教えている。
職業訓練所がある建物 |
彼が職業訓練所で働く事になったきっかけは彼が工場で働いていたときに、自分の技術を、それを必要としている人たちに教えたいと思うようになったからだ。彼は、大工は比較的難しくない作業であるし、電気や、機会などを使わなくてもできるからだといっている。
ジェームズが働いている職業訓練所の卒業生(14歳~21歳)は就職、または自営業を始める。卒業の際、彼らにハンマー、のこぎり、かんな、彫刻刀、メジャーなど、事業を始めるにおいて必要な道具を給付する。本来、大工という職業は電力を必要としないものなので、資金の無い若者でも仕事を始める事ができる。
大工を教えるジェームズ(赤シャツ) |
ジェームズがこの職業訓練所で働きつつ、新しいプロジェクトをしようと考えている。
今回この新しいプロジェクトを是非紹介したい。
そのプロジェクトは【ムイカ・ラフィキ(=友達)幼稚園 プロジェクト】だ。
ジェームズの地元ムイカで、貧しい子供達にプレスクール(初等教育の前)教育を受けさせる事を目的としたものだ。
タンザニアの教育の現状は悪化しつつあるとジェームズは考える。
タンザニアはアフリカの中で初等教育、中等教育機関への入学率がトップクラスなのだが、実際経済的な原因で修了する前に退学をしてしまう子供が多いのが現状だ。
タンザニアでは小学校に入学する前に幼稚園を卒園していないといけない。しかし、ムイカには子供達が通う事ができる幼稚園がないし、徒歩で通える隣村にもない。これはムイカの将来を考える上で、重要な課題なのだ。
別の村でジェームズが運営している幼稚園の子供達 |
過去に、ムイカで幼稚園があったが、親が学費を払えないので、教師にも給料を払う事ができず、結局閉園したそうだ。
ジェームズは閉園した幼稚園の敷地をもう一度利用して、新しい幼稚園を設立しようと考えた。そうすれば、ムイカの子供達のみならず、隣村の子供達もそこに通う事ができる。
ムイカに住む子供達は、極度の貧困が原因で学校に通えない子がほとんどだ。学校に行くための援助や資金が無ければ都市郊外へ移動し、搾取され、最終的にはストリートチルドレンとなってしまう。この幼稚園設立はそのような子供達を減らすためにあるとジェームズは言う。
小さな村では雇用機会、教育機会、そして農業に徹するための場所や資本が限られているため、持続可能かつある程度の収入を確保できる仕事が少ない。若者達は少ない知識や乏しい技術が原因で貧困から抜け出せずにいる。貧困が中等教育や、職業訓練所への進学の妨げになり、彼らの潜在能力を制限してしまっているとジェームズは考える。結局彼らの技術的な弱さ、そしてそこからくる自信の欠如も災いして、最終的に貧しいまま、失業したままになって彼ら自身のコミュニティーを出て、都市郊外へ移住し搾取の被害にあっているとジェームズは主張している。
これらを改善させるためにも、教育の基盤となるプレスクール教育や、職業訓練所の更なる発展が必要だ。そしてジェームズはそのための資金援助を求めている。
援助金の収集方法は直接的な募金以外にも、タンザニアの良さを知ってもらうことのできるサファリツアー、ザンジバル島、キリマンジャロ登山などなどのイベントや旅行を通して資金を集めようと考えている。
その他に彼の運営する職業訓練所や幼稚園でのボランティアも歓迎だそうだ。
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